2011年2月26日土曜日

ごはんの販売をマーケティング視点で考える

昨日、異業種交流の勉強会に参加。くりや株式会社の徳永社長様が講師となり、お米に関する様々な話をお聞きした。

最後の質疑応答で、参加者のひとりから、どうやってお米を拡販していくかについての展望を尋ねられた際、徳永氏は、お米の味がどうこうではなく、お米という文化を伝道していきたいと語っておられた。

私自身米を食べる機会はめっきり減っている。これは何も私個人だけでなく、日本人全般の傾向でもある。久米宏経済スペシャル「新ニッポン人の食卓」では、アサツーディーケーの岩村氏の研究結果が特集され、食卓がえさ場と化している実態や親世代から子世代に継承されない食文化の現状が描かれていた。

つまり、米を食べる機会が減った原因を探らなければ、販売する側がいくら努力しようとも、それが普及しない現状が存在しているはずなのである。

販売・セールスの方法を考える場合、常識的には商品・製品・サービスといった販売側の思考からスタートすることが多い。しかし、そもそも何故売上が低迷しているのかを根本的に明らかにするためには、何故消費が減ったのか。過去から比べてどのような変化があったのか。という事実を押さえる必要が不可欠だ。この情報が無い限り、次の手は打ちようがないからだ。

家庭における「食文化」が変化している現代社会において、「米」を使った新しいソリューションを開発することができれば、その販売数量の飛躍的増加は決して夢物語ではないはずだ。そのためには、家庭の食文化を知ることから始める必要があるだろう。

2011年2月25日金曜日

佐賀県警で統計偽装が発覚。あなたは統計数字を疑っているか。

本日の朝日新聞に「警察の統計偽装」と題して、佐賀県警の統計数値偽装が取り上げられていた。事故を減らすよう本部長から指示されながら、結果がでなかった当時の交通部長が全署に指示して始めたというのだ。

公的統計は、学術的にも民間事業でも利用頻度・価値ともに高いデータのひとつである。このデータの信頼性を失墜させる意味でも重大な事案だ。

実は、こうした事実を民間企業の経営者も他人事にすることはできない。何故なら、経営計画や企画を立案する際に依存している実に多くのデータ(財務・売上・営業・顧客データ)が、どのように形成されるかについてあまりにも無防備だからだ。

アンケートデータひとつ取っても、その収集方法や回収率、設問分の設計方法、コード化といった様々な段階で科学性からかけ離れた「制作者の意図」が紛れ込む余地が介在しているからだ。「数字は嘘をつかない」という前提は、収集段階からかかわった場合のみ適応されるもの。この事実を、経営者あるいは企画立案者は十分に理解する必要があるだろう。

「数字」をもとに、経営計画や新規事業施策を立案したとしても、その数値自体が作られたものだとすると、全てが砂上の楼閣と化してしまうのだ。この記事はその事実の一端を垣間見せてくれる。

セミナー顧客満足度の高め方

先日、商工会議所にて営業講座を開催した。この講座、商工会議所からの持ち込み企画。お互い初めての取り組みで手探り状態のなか実施したが、結果的には成功だった。

この成功という判断。講師である私からみたもの。判断材料はアンケートとコンバージョン率。満足度比率が83.3%、コンバージョン率も33.3%という結果だった。

しかし講座担当者の結果判断は若干異なっていた。その判断材料は同じくアンケート。彼女は、不満足度16.6%が10.0%を切らないと成功とはいえないというのだ。

価値判断とは個人によって大きく異なる。それは、その価値をどの基準で判断するかによっての違いでもある。講座反省会で彼女の上司と話をしたときに、その価値判断基準を聞いて、この結果を導き出したことに、ある意味納得した。つまり、講座担当者として、満足度の数値こそが彼女の評価基準でもあるというのだ。

しかし、この上司の方は至極まっとうな考えの持ち主。つまりセミナーや講座の目的は、受講者の満足度にあるわけではなく、実際にその開講講座が受講者の仕事の役に立ったかどうかが重要であると考えているのだ。この基準は私の考えとも合致する。いくら、受講者が「満足した」と答えたとしても、それが役に立たなければどうしようもないのだ。

話術のうまさや、雰囲気の力は大きい。瞬間的な満足度を高めるノウハウなどは山のように存在する。しかし、本当に企画担当者が確認すべきは、本当に受講者が会社に持ち帰って、そのノウハウを使えて役立ったのかの一点にこそある。なぜならそのためにこそ、受講者は高い受講料を払って参加してくれているのだから。。。

2011年2月24日木曜日

三菱UFJ信託銀行に見る顧客対応のまずさ

本日、父の定期預金満期手続きで銀行に赴く。10分ほど待たされた後、本人がブースに呼ばれて5分ほどしてお呼びがかかった。何やらトラブルが発生。

状況を確認すると、本人確認書類を持参していないので手続きが出来ないので出直してくれといわれたとのこと。通帳と印鑑だけでは満期の手続きさえも出来ないようだ。本人は足が悪いので、わざわざ私が動ける日を選んで出向いているため出直すことは難しい、出来れば自宅に来てもらえないかと頼んだのだが断られたというのだ。かなり怒り心頭の様子。「自分の金なのに、なんで引き出すのにこんなに苦労せなあかんねや」

確かに父の言い分は正しい。前日に電話で「通帳と印鑑をお忘れなく」と連絡をくれたとき、なぜひところ「本人確認書類も」と言わなかったのか。しかも窓口担当者は、本人確認書類はクレジットカードでもいいというのだが、そもそも通帳と印鑑ではだめで、どうしてクレジットカードがあれば確認出来るという論理展開になるのかも理解できない。

そこで決裁権のある支店長を呼んでくださいとお願いすると営業課長が出てきた。何を言うかと思うと、やはり確認書類がないと手続きが出来ないというばかり。つまり担当者レベルと同じ話の繰り返しなのだ。銀行クラスの大組織になると、規定に縛られるのは当然だ。ルールがなければ巨大組織を運営することなど出来ない。

しかし、最後に次長が登場し、役職レベルごとに確認する書類のレベルが違うなどという内情を聞かされると、ただただあきれてしまう。つまり三菱UFJ信託銀行では、役職に応じて運用ルールが違うというのだ。

まずは自分たちのルールに従えと。もしゴネたら上席の権限で、ある程度弾力的に対応するよと言っているのだ。しかし、こちらは三菱UFJ信託銀行と取引しているのであって、担当者の役職など知る由もない。応対者の当たりはずれで対応が異なってくるとは、商売のイロハすらわかっていないのだ。

そもそも文句を言って気持ちが良くなる顧客など一人もいない。もちろん、文句を言われて気持ちが良くなる担当者も一人もいない。であるならば、解決のための方策を考えることが重要であって、社内ルールを強弁して顧客の気持ちを逆なですることにどれほどの意味があるのだろうか。

少なくとも、私の家族はこの銀行と終生取引をすることはないだろう。次回訪問時には口座解約手続きを粛々と進めるのみだ。しかし、この銀行で働いている人たちは、この事実を真剣に捉える必要がある。「私たちのサービスは誰のためにあるのか」ということを。言葉だけで「顧客のため」などというのはいくらでも言える。しかし、本当に「顧客のため」に働くということは、会社のルールを顧客満足を高められるようにするために日々修正していく努力を積み重ねることだけなのだ。

自社のルールを顧客に押し付けるような企業には未来はない。自社のルールを顧客に合わせて柔軟に変更していける企業こそが、次代に勝ち残る企業になるのだ。

2011年2月21日月曜日

ネット社会の到来と電子書籍

先日、全米第二位の書店チェーンが倒産した。アマゾンや電子書籍の営業で書店での販売が難しくなったようだ。ネットの営業でCDが売れなくなり、DVDレンタルが伸びなくなっている。良い悪いは別にして、大きな流れとしてネット社会の加速は止めることはできないようだ。

しかし他方で、本当に今後、日本国内で電子書籍がメジャーになり、アメリカのように書店が倒産するという事態が想定できるのか。私自身は、電子書籍は普及しないだろうと考えている。

音楽はCDだろうが、テープだろうが、最終的に「音」に変換されているものを聴いているため、その過程、つまりアナログよりデジタル、CDよりネットと、より便利な方向に進行していったことは理解できる。

しかし「活字」を読むことが便利になることが紙の「本」以上にありうるだろうか。キンドルのように「本」を読むことに特化したデバイスではなく、i padやgarapagosのようなネット端末としてのデバイスが主流であり、読みやすい環境ともいえない。

また広大な国土に効率的に届ける流通機構がないアメリカでの電子書籍と、日本国内のようにきめ細やかな流通機構が整っているなかでの電子書籍では全く意味が違う。もちろんアマゾンのように、近くの本屋では入手できない本を購入したいという欲求を満たすための機能は欠かすことが出来ないが、そのネット活用とコンテンツ配信におけるネット活用(電子書籍)とでは根本的に違う。

各企業がこぞって電子書籍に突き進む今、以外にこたえはシンプルな形なのかもしれない。例えばこれほどプリンターが発達・普及しているのだから、コンテンツはネット配信、印刷は自宅でという形態も考えられなくもない。

本は音と違って、一度読んでしまえば、後は何度も読み返すことはない。
つまり、なんども同じ文庫本サイズの紙の上に、違うコンテンツを重ねて印刷していければ、何もデバイスを買い替える必要もないし、持ち歩く必要もない。読みたい本を1冊持ち歩けばいいだけなのだから。本好きな僕としてはそんなソリューションもありかも。

2011年2月20日日曜日

業務効率化は直接売上・利益増に結びついてくる

どんな業界にも、業界独自のルールや専門用語があります。
本日は、賃貸住宅プロジェクトでハウスメーカーの営業担当者及び工事担当者との打ち合わせ。この打ち合わせで、業界独自ルールの課題を2点ほど発見することが出来た。

ひとつは工事担当者の使う「専門用語」と、顧客が使う「用語」との乖離である。もうひとつは、住宅建築では必ず必要な外壁・内装・設備の選択における「プレゼンテーション」が、如何に顧客に伝わらないかという点である。

ここで担当いただいている工事担当者は、年間27棟を担当する28歳の若手社員。とても爽やかで、仕事熱心なタイプ。彼の説明は丁寧で、会社の方針にきちんと沿っているのだろうが、使う「用語」がとても難しい。

本日、もっとも多く使われた専門用語として「GL」がある。グランドラインの略であるが、正式には「建物と接する周りの地面の高さを平均したもの」とあるが、日常生活ではまず使用しない。彼が当然のように「GL」を頻繁に使っている現状を考えると、施主はよくわからずにこのGLという語を受け入れており、彼に「わからないので説明してほしい」と要望することはなかったのだ。

売る側が当たり前だと思っていることが、買う側にとっては当たり前ではない。その典型的な例だろう。実は、2点目もほぼ同じ課題を抱えている。

本日は、キッチン・風呂・トイレ・洗面台・玄関扉・玄関タイル・フロアの色、建具の色etc...と設備関係をほとんど決めた。例えばフロア選択。建材メーカー提供のサンプルを並べて色を選択するのだが、ひとつひとつのパーツを選択すること強要されるのだ。

例えば、住宅の次に高い買い物として自家用車があるが、あなたは部品一つ一つの細部にわたるまで、サンプルの色のみで選ぶだろうか。当然、車種別に色がいくつか選択でき、内装もある程度選択することは可能だが、あるテイストに沿って組み合わせが提案されている。むしろプロが提案するので、まとまりもよく決定するのが簡単だ。

家も同じはずだ。施主はパーツの集合体としての「家」を購入するわけではない。家族の楽しい生活などを実現するための容れ物として「家」を購入するのだ。つまりパーツ選択ではなく、パッケージとしての家が欲しいのだ。

であるなら、住宅設備メーカーはより顧客視点の提案を住宅メーカーに投げかけることで、より売上が挙げられることが容易に考えられる。何故なら、顧客はパーツを選択することに疲れているのだ。その不満を解消するために、室内のカラーリングに合わせた設備提案の写真を準備することで、「生活」を具体的にイメージさせることが出来るため、決定に結び付けやすいのだ。

よく顧客から「どれが一番売れているのですか」という言葉を訊くことがあるだろう。それは「選ぶことが難しい」という言葉を翻訳して話していると捉えるべきなのだ。

この提案方法を採用すれば、住宅メーカー自身も打ち合わせ時間の大幅短縮が見込めるため、コスト削減とともに大幅な資本回転率の増加も見込むことが可能だ。今まで二か月かかっていた打ち合わせ期間を一カ月に短縮できるだけで、工事担当者の稼働率を200%に高めることが出来るからだ。

このように顧客の疑問を元に、これまでの業務体制を見直すことで、売上・利益向上はいくらでも図ることが可能なのだ。まずは、これまでの業務を顧客の視点で見つめなおす。その意識を持つだけで、成長はすぐ目の前に近づくのだ。