2010年12月18日土曜日

建築業界の課題と問題

現在、建築関連の仕事をしている。
そのなかで、建築業界では、一般的な小売や製造業界では考えられない問題で驚かされる。

それは、当初の取り決め通り作業が進捗しないこと、及び価格が変動することである。
この問題はどこに起因するのか考えた。仮説は2つある。
ひとつは、分業化が進み、各情報が専門化かつ拡散したため、全体をまとめる人材がいないこと。
ひとつは、発注者が個人のため、合理的な経済性が徹底されていないこと。

つまり、工務店・設計士は、注文住宅という変動的な商品を扱うため、常に違う設計・部材・人材をその都度使用することを求められる。このため同水準の品質を保障できないし価格自体も流動的になりがち。

だから、部材の知識や価格など経験的にしか判断できない。しかもそれぞれの知識が経験的に暗黙知化されているため、全体をマネジメントする人材が育たず、結果として組織的なゼネコンや全国フランチャイズ、ハウスメーカーが伸びてくるのだろう。

これは受注者側だけでなく、発注者側にも責任の一端がある。
それは建築物を作る段階で、夢が膨らみ、当初プランとはかけ離れた構造物・内装になってくる。全体金額が大きいため価格変動がさほど気にならない。結果、当初の予算とずれるという現実を当たり前のようにつくってしまっているのだ。

確かに土地の形状はどれも同じものはない。
しかし、家族構成や生活パターンは同じ日本人であればさほど変わらない。 しかも窓や玄関、ドアや間取りがパターン化できるのなら、建物だって本来パターン化されているはず。つまり、当初プランと結果が大幅に異なるようなことは本来ありえないのだ。

埼玉県にファイブイズホームというハウスメーカーがある。
このメーカーの考え方のように、ある程度自社の商品を規格化することは可能である。
それは、大手メーカーであっても中小メーカーであってもである。つまり、それぞれの企画商品を提供すれば、なにも注文住宅という手のかかる商品を消費者としても購入する必要はないのだ。

これだけ大きな業界だからこそ、製品・人材・技術を標準化させる努力が必要なのではないだろうか。
その意味で、調査というツールが全ての過程における標準化に役立てると思う。

2010年12月17日金曜日

市場調査は勝つための道具だ

インテージ・マーケティング・フォーラムという催しが、11月2日(木)新宿・京王プラザホテルで開催された。ゲストスピーカーには大前研一氏が招かれ「ハイ・コンセプトな時代の読み方・働き方」というタイトルで講演された。

その中で大前研一は「市場調査はなくなる」と述べた。
その理由は、この時代のスピードに、過去の数値分析が意味をなさないからだという。

しかし私の考え方は違う。
調査はやはり勝つための必須の道具である。
例えばセメントのような国内における衰退市場が存在する。
民主党政権下での「コンクリートから人へ」や、リーマンショック後の建築不況、少子高齢化社会の到来による新築需要の減少。どこにも光明は見えない。

だからといって、そこに本当に市場はないのだろうか?
2000年と比較して、その生産高は7割しかない。
しかし、それでも年間5837万8000tもの生産高である。

もし現在のプレーヤーに挑戦し、このマーケットを総取りできればどうだろう。
現体制から見れば「衰退」かもしれないが、新規参入者から見ればそれは「成長」だ。

この挑戦するプレーヤーにとって、現体制がなぜ衰退に陥っているのか?
どんな課題や問題を抱えているのか?
顧客のニーズは何かをくみ取ることができれば、
まさにこの巨大なマーケットを自分のものにできるのである。

「市場調査はなくなる」という予言は残念ながら成就しないだろう。
それは市場調査が、未来を予言する技だという誤った認識から導き出された答えだからである。
市場調査とは、いまを正確に知るための道具なのだ。

2010年12月16日木曜日

高齢者市場への大転換期

コンビニ大手のファミリーマートが、来年にも人口減が進む地方の市町村に小型店を出店する。

食料品・日用品宅配サービスの「らでぃっしゅぼーや」は、軽トラックによる有機野菜などの移動販売実験を、東京都西部と神奈川県東部で開始した。

どちらもターゲットは買い物難民。
買い物難民とは、郊外型の大規模店との競争や不況による経営難などから、地域店舗が閉店してしまい、特に高齢者などクルマを運転できない人々が生活用品の購入に困るという社会現象、またはその被害を受けた人びとのことを指す。基本的には高齢者のことだ。

我が家では、80歳になる父がボケ防止をかねて買い物に出かけている。しかし年々、体力気力的に出かけるのが難しくなってきている。ましてや足が不自由になったりすると、近くのスーパーに行くのも重労働。

そうした意味においても、この取り組みは確実にニーズが存在している市場である。
しかも、買い物行動は一種の娯楽である。宅配では「選ぶ」楽しさを奪われしまうが、移動販売などでは「選ぶ」楽しさが担保されている。

今、企業の中心にいる中堅層(30~40歳代)は、この高齢化市場を現実論として見つめなおす必要がある。確かにインターネットの普及により情報収集という意味においては劇的な変化を体感してきている世代でもあるが、他方で親世代との同居体験がなく、高齢化の日常というニーズを掬い取る体験を積み重ねていない。

高齢化市場は、近いうちに中国という経済大国でも必ずおこってくる。
その時に、日本で蓄積したノウハウを輸出することも可能だ。
いま汗をかき、本当の高齢者達のニーズを掬い取ることこそ、我々が世界で勝ち残るひとつのチャンスではないだろうか。

2010年12月14日火曜日

顧客の声を聞くことが利益につながる

デンマークの玩具メーカーLEGOは、50年間成長を続け「デンマークの宝」とまでいわれるほどの成功を収めてきたにもかかわらず、2000年半ばには業績が大幅に悪化し一時は身売りを考えるまで追い込まれていた。

原因は、
・ウォールマートなど流通主導の低価格競争による売上低迷と利益率の悪化
・本業とは異なる分野への多角化と失敗
・50年間ずっと成長を続けてきたおごりとブランドへの過信など。

復活のきっかけは、ファンの声に耳を傾けることことによる活路を見出す原点回帰。
顧客の声にFOCUSする。顧客の視点からコアの価値を見つめ直し、今の時代にあった新しい魅力を見出していく。ヒントはやはりそこにある。

実際、LEGOは売る側の論理のみで企業経営を行っていた体制から、顧客側の論理にたった企業経営に舵を切ったわけだ。これによって、本来の顧客を取り戻し、新しい顧客も手に入れ、不景気の中にもかかわらず、2009年度は前年比純利益6割UPと大きく業績を伸ばしている。

大企業だから成功した、というわけではなく顧客の声を聞くという姿勢が業績復活に大きく貢献したといえるだろう。

2010年12月13日月曜日

売上向上と分析視点

日経流通新聞2001年12月1日版にトライアルカンパニー(九州のDS)について記事が掲載されている。
この記事には、商品計画担当者の分析力が、売上向上につながっている事例が示されていた。

(以下、記事引用)
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「60円で缶入りポテトチップスを出せば飛ぶように売れる」。09年10月菓子部門の商品計画を担当する枝村ディビジョン長はひらめいた。通常100円強のNBの同種商品を80円に値下げしたら、売り上げが2~3倍に伸びたからだ。
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トライアルカンパニーは年間売上2000億の企業だ。だからこそ分析が可能な環境が整っているともいえる。しかし、いずれにせよ、80円に値下げしたら売上が伸びたという事実を、POSデータから拾って、新たな商品開発につなげている。

ここで重要なのは、80円に値下げしたことでもなく、売り上げが2~3倍に伸びたことでもない。
実際に行った値下げの結果を確認し、その要因を分析、次の売上につなげようとしている実践的な姿勢である。この視点を担当者が持っている限り、あらゆる場面で売上を向上させる工夫を積み重ねていけるのだ。

商品開発や営業活動には、当然成功と失敗がつきものである。しかし、その要因を常に分析し、成功率を高める努力、失敗を減らす努力を積み重ねていくことは可能である。そのためにも、まず日々の仕事を見つめなおし、なぜ成功したのか?なぜ失敗したのか?を検討することから始めることが大切だ。

2010年12月12日日曜日

顧客満足度調査における注意点

先週家族で食事に出かけた。
訪れたのは今年オープンしたばかりの和食屋。
ある情報誌に宣材写真が掲載されており、ビジュアルに惹かれての選択。

店に向かう道中、家族と期待度について話をした。予約した後、家族全員がこの宣材写真を見ていた。もちろん店のおすすめ情報にも目を通している(この店の場合、オーストラリアの日本大使館でシェフを務めていたとのこと)。つまり情報だけで、各々が店に対して何らかの期待感を抱いているのだ。

そして訪れた店は味も価格もとても満足のいくものだった。私自身は期待度がニュートラルだったので、結果的には満足度は4(5段階評価)。しかし一緒に行った父は期待度が4だったため満足度3とのこと。つまり満足度は期待度との相対関係で測定されなければ、実際には満足のいくものだと認識していても、数値で表すと違いが出てくるのである。

満足度調査ではこうした質問文が当たり前のように使用されている。しかし、本当の評価が必ずしも、数値として補足できているとは限らないのである。