2011年4月21日木曜日

東北大震災。自分たちは何をすべきなのか?

昨晩、地元で定期的に開催される異業種交流会に参加してきた。
この会は約20年間続いている息の長い交流会であり、地域で企業経営に携わる様々な方が参加しておられる。昨晩の例会は、地域電鉄会社が保有する大正14年製のレトロ電車での花見だった。

この花見にはゲストが招かれていた。
東北福祉大学をこの3月に卒業し、4月から働き始めたフレッシャーズだ。彼らは実は今回の大震災の被災者でもある。実はプロゴルファーの卵たちであり、とてもさわやかな青年たちだった。

彼らに刺激を受けたのか、私は隣に座ったM氏と、自分たちはいったい何が出来るのか真剣に議論した。M氏は30歳に突入したところ。とにかく自分たちの親世代が作ったこの社会は、彼らが得するように出来ている。政治もそう。だからどうしようもない。というのだ。

私は反論した。彼らがつくった社会が気に食わないなら何故変えないのか?いくら考えても、行動しなければ現実は変わらない。文句ばかり言ってないで行動すべきだ…と。

社会ではまだまだ中間層として認知されだす30歳、40歳代。しかしこうした立場に甘んじていることこそが問題なのかもしれない。この未曾有の大震災は、まさに日本の危機である。世界の経済基盤を支えていた日本を「素通り」するための動きが加速しだしている今、私たちの世代は第二次世界大戦後の日本人と同じく、資源も信頼もお金もエネルギーすらもない世界から、再度「日本」を作りなおしていかなければならないのだ。

昨年自民党から民主党に政権が変わったとき、無血革命がおこったと。社会の変化に期待した。しかし現実はそう甘くはなかった。民主党政権はいわば昨晩のM氏と同じである。批判力はあっても実行力が完全に欠如していたのだ。

私たちが出来ること。それは何も消費することでも倹約することでもない。そんなところに本当の震災復興などあり得ない。日本の力の3分の1が捥がれてしまったのだ。そのためには、自分たちが毎日励んでいる仕事を「海外」に売りに行くことが必要なのではないだろうか。

戦後復興を果たした日本は、海外から資源を輸入し、加工し、輸出したことで奇跡的な回復を果たしたと言葉で書けば簡単に語ることが出来る。しかし、敗戦国である日本の「円」など誰が信用したのだろうか。その信用のない通貨を使って、どれほど苦労をしながら資源を買い付けたのだろうか。そして信頼を得るためにどれだけ自分たちの技術を磨いたのだろうか。

この震災を機に、私自身も自分の技術を、どうにかして「海外」に売っていかなければならない。そうしなければ、新しい仕事など作れない。東北で何もかもなくした人たちが生活を復興するためには、生活の基盤である「仕事」こそが必要なのだ。その仕事を創り出すことこそが、私たちに「今」出来ることなのではないだろうか。

被災者以外の全日本人が「仕事を創る」ことに全力を傾けることが出来れば、日本は本当に買われると思う。それこそが本当の「革命」なのかもしれない。