先日、名古屋にて電車運賃の不思議について考えた。
私にとって名古屋は未知の領域である。
公的・私的を併せても4回くらいしか足を踏み入れたことが無い地域である。
当然、地名だけ聞いてもそこがどこに位置するのか、移動にどの程度かかるのか全く想像できない。
その日は、友人と待ち合わせをしていた。
彼の勤務終了後に合流しようと、場所も時間も明確には決めていなかった。
私の移動中に彼からメールがあり、「矢場町」で待ち合わせしたいとの連絡。
私は、JR新守山駅から名古屋駅に移動中でしたが、もっとも効率的な移動方法は、金山駅で下車し、地下鉄に乗り換えることだ。
普段、関西圏で移動している私は「するっと関西」や「地下鉄回数券」を利用しているため、乗車券を都度購入することはない。そのため、急な連絡による行先変更において、なんら疑問を感じる余地はなかったのだが、この時はた時がついた。「乗越精算はあっても、払い戻しはない」という事実に。
つまり電鉄会社側は、遠くに行き先を変更した際には料金請求を怠らないが、当初目的地から近場に行き先を変更した際には、過剰料金を徴収するのである。
駅員に確認しても払い戻しはしないとのこと。
切符を買った段階で気づかない限り、払い戻しはしないというのだ。
しかしこの論理おかしくないだろうか?
顧客の都合で行き先を変えた結果、当初目的より遠距離であれば請求されるが、近距離だと払い戻しはしないというこの論理。法的に問題はないのだろうか。
そこで調べてみると「規則」にて、切符購入と同時に「旅客運送契約を結んだものとみなす(旅客営業規則第5条|JR東日本旅客鉄道参照)」というのだ。
そこで近距離切符が払い戻しできない理由について、「利用者の便利と事業者の能率的な遂行を図ることを目的とする」と規定しているのだ。
この事由をもって、先の問題を規定しているつもりだとしたら片腹痛い。
もし事業者の能率的な遂行を図るために、変更にいちいち対応できないとするのであれば、遠距離への変更(乗り越し精算)も、この規定に従って拒否するべきなのだ。
もっともらしく「規則」などと定めておきながら、なんら合理的説明が出来ない。もしこれを回避するためにスイカやイコカ、あるいはするっと関西が存在するなどと申し開きしても、それはサービスの等価性を担保出来ていない時点で失格である。
なぜこんな簡単なことを「前例」に従うだけで続けていけるのだろうか?
前例否定のできない組織である「電鉄会社」の古い体質が、今後のビジネス環境をどう乗り切っていくのか、興味を持って観察したい。
2011年4月30日土曜日
2011年4月26日火曜日
武蔵大学海外研修(社会調査法基礎講座)
2011年4月23日(土)9:00~15:00。武蔵大学の海外研修生に向けた社会調査法に関する基礎講座の講師を務めてきた。
この海外研修、大学が各自に30万円を給付し、彼らが自分達で立案した調査企画を、最低30日間以上、海外で実施してくることを課題に課した研修である。
様々な学部学生が参加するため、社会調査に関する基礎的な知識を身につける必要がある。そこでこの講座が開催されるのだ。
今年度の参加者は6名、少数精鋭といった感じだ。彼らの興味は実に様々。水不足に関する興味から、韓国の学歴問題、対人関係に文学比較とバラエティに富んでいる。しかし、彼らに調査知識を理解してもらい、かつ、これらヴァラエティに富んだ課題解決に向けた調査企画にまでつなげることは容易ではない。
かつて桃山学院大学で社会調査実習を担当したが、この基礎的な調査知識を体得したであろう学生たちが参加したにもかかわらず、課題と調査が結びつくのに実に1年間もかかるのだ。つまりそれほど、企画を立て、実際に調査し、報告書を作成するという作業は訓練が必要なのだ。
もちろん、私もプロである。6時間で彼らに最低限必要な知識を授けることは可能だ。
ただし、知識を身につけても「実際に使える」状態にするのはとても難しい。
しかし、喜ばしいことに、この講義が終わった時に、ぜひまた課題を見てもらいたいと、学生から要望されたのだ。つまり知識だけに終わらせず、なんとか技術を身につけたいと学生たちがやる気になってくれたのだ。
彼らは東京の学生である。弊社は大阪にある。物理的な距離があっても、彼らの海外研修が終わるまで全力でサポートしたいと思わせる「やる気」が彼らにはある。
彼らを見ながら私も反省した。もっとやる気をもっていろいろと貪欲に学んでいこうと。人は学びたいと思った人には、最大限のサポートをしたいと思うものだ。なにしろ自分の知識や技術が人の役に立つのだから。
この海外研修、大学が各自に30万円を給付し、彼らが自分達で立案した調査企画を、最低30日間以上、海外で実施してくることを課題に課した研修である。
様々な学部学生が参加するため、社会調査に関する基礎的な知識を身につける必要がある。そこでこの講座が開催されるのだ。
今年度の参加者は6名、少数精鋭といった感じだ。彼らの興味は実に様々。水不足に関する興味から、韓国の学歴問題、対人関係に文学比較とバラエティに富んでいる。しかし、彼らに調査知識を理解してもらい、かつ、これらヴァラエティに富んだ課題解決に向けた調査企画にまでつなげることは容易ではない。
かつて桃山学院大学で社会調査実習を担当したが、この基礎的な調査知識を体得したであろう学生たちが参加したにもかかわらず、課題と調査が結びつくのに実に1年間もかかるのだ。つまりそれほど、企画を立て、実際に調査し、報告書を作成するという作業は訓練が必要なのだ。
もちろん、私もプロである。6時間で彼らに最低限必要な知識を授けることは可能だ。
ただし、知識を身につけても「実際に使える」状態にするのはとても難しい。
しかし、喜ばしいことに、この講義が終わった時に、ぜひまた課題を見てもらいたいと、学生から要望されたのだ。つまり知識だけに終わらせず、なんとか技術を身につけたいと学生たちがやる気になってくれたのだ。
彼らは東京の学生である。弊社は大阪にある。物理的な距離があっても、彼らの海外研修が終わるまで全力でサポートしたいと思わせる「やる気」が彼らにはある。
彼らを見ながら私も反省した。もっとやる気をもっていろいろと貪欲に学んでいこうと。人は学びたいと思った人には、最大限のサポートをしたいと思うものだ。なにしろ自分の知識や技術が人の役に立つのだから。
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