2011年4月9日土曜日
営業は会社の体現者であるという自覚
某ハウスメーカーで賃貸住宅建築を進行中、今回の東北大震災が発生。資材供給が寸断され、着工目前だった物件にストップがかかった。これ自体は天災であり誰にも文句は言えない。東北の皆様の苦労を思うと当然資材供給は東北優先にすべきである。これもまた自分が出来ることのひとつであろう。 ただし、ハウスメーカー自体は資材供給が滞ったことを理由に、全ての作業をストップしていいわけではない。顧客とは売買契約を締結しており、その契約条項に修正が生じているわけだから、再度、施主への現状報告とともに現在供給できる資材での代替案を提案する。あるいは着工・施工期間を仕切りなおすなど顧客の不安をやわらげながら、将来的なゴールをイメージさせることが業務である。 ところがである。残念ながら私の担当者はこうした対応が出来ないでいる。というより某ハウスメーカー自体の対応が最悪である。このような大災害だから弊社には落ち度はない。だから例え外壁の色が変わるくらいいいじゃないですか…などと全く意味のわからない論理を展開してくるのである。 会社はひとつの有機的なシステムだ。どの担当者が何をするのか。問題が発生した際の優先順位は何か。会社がバックアップすべき情報とは何か。これらが有機的に機能することで、日々の営業が進められているはず。しかしこの社では、契約条項に記載された事項すら順守できず、しかもそれに関するクレームを申し立てているにもかかわらず役職者から詫びひとつ発せられないのである。 営業担当者は、会社を代表している存在である。その存在が顧客に相対したとき、どのような対応をとるかで今後の会社のイメージが全て決定される。今日の対応が、私がこのハウスメーカーに対して持つイメージを決定づけたといっても過言ではない。 企業にとって、こうした「非常時」の動きはとても重要である。非常時に機能する組織体を構築するべく企業活動は展開されなければならないと、自分にも言い聞かせる良い機会である。
2011年4月3日日曜日
関東の日常を「会話」のなかから考える
休日にもかかわらずドトールで仕事してます。 たまたまお隣に東京汐留にある某大手代理店社員5名が座っており、彼らの会話が聞こえてきました。最近、汐留に丸亀製麺なるうどん屋が進出。そしてそれがとても人気で、どうやら店舗展開や広報などに知り合いの〇通社員が携わっているとのこと。一人の女性が、「私、丸亀製麺の同グループの焼鳥部門(トリドール)が好きなんですけど、そっちを東京に持ってくるようにいってくれませんか?」などと軽くお願い口調。話をしていた社員は「そうなんだ。じゃあ社長一緒に話したことあるから、こんど言っといてみるよ」と軽いノリ。 そして話題は東京の放射能汚染にシフトし、洗濯物は外では干さないよ。とか、そうはいっても広島原爆落ちてもみんな生きてるじゃん…などと不謹慎な話も。しかし、このあたりが関東に住まわれている人たちの現実の悩みや不安であろう。 結局、何が安心か、何が信頼できるソースなのかがわからないなかで、現実的な判断を下さないといけない。情報を信用できないのは、情報産業の真っただ中、その頂点に存在する〇通の社員であっても同じことなのだ。それほど現在流布している情報は信頼度に欠けているのだろう。 弊社大阪オフィスフロアには、東京から海外のブランチオフィスが数多く引っ越してきた。いまは外国人であふれかえっている。それだけ外国企業も大使館も、最大限の危機を想定し対応しているのだ。他方、私の友人たちは4月1日から3名も東京に家族を連れて転勤していった。日本企業と日本政府の危機対応能力の現実を、まざまざと見せつけられている。 もちろん、業務効率や継続性を考えると当初計画を変更することには大きなストレスがかかる。しかし、企業活動は人間活動でもあり、社員や家族は〇通社員と同じく不安を感じながら日々生活しているのだ。そうした環境の中で、彼らは本当にレベルの高い仕事を提供することが出来るのだろうか。 「日本は強い」「日本を信じてる」と、CMではがんばれ日本と叫んでいる。でもどう頑張るのか。今何をすべきなのか。具体的な方法を本気で語るCMなど存在しない。私たちは今、自分の頭で考えなければいけない時なのだ。結局、自分や家族を守れるのは自分たちだけなのだから。
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