本日は賃貸住宅建築第一回目の打ち合わせ。営業担当者と工事現場担当者との三者面談。進行について顧客の立場でいろいろと考えることがあった。
特に、今日の打ち合わせで感じたのは、「全体像を示すことの重要さ」と「わかりやすさが大切」という2点。
打ち合わせ時間が1時間~1時間半だけしか取れなかったため、今回やるべき内容の全体像をまず示してもらうと、どこがゴールなのか、経過時間と進捗状況を自分自身でも管理できるため、とても安心して議論することが出来る。
これは、営業における顧客訪問でも同じだろう。つまり、訪問の目的を明確化し、今日はどんな話をしたいのか、あるいは訊きたいのかを伝えることで、訪問を受けた側も、面談時間を予想でき、しかも話題について準備することが可能だからだ。
そして次が「わかりやすさが大切」だという点。特に住宅建設の場合、日常接することのない用語や商品が目白押しだ。例えば「フィックス窓(羽目殺し)」という窓、あるいは型板ガラスなど、ガラス一つとってもちんぷんかんぷんである。もし現物や写真集などが、実際に用意されていれば、それを比較しながら検討することができる。
しかしメーカーが準備しているサンプルは、実は最終消費者である施主向けではなく、途中消費者である工務店や住宅メーカー向けに作成されているため、それを使ったプレゼンでは現実感が全くわいてこないのだ。
普段住宅業界にどっぷりつかっていれば、そうした些細な「問題」に気づくこともない。しかし、顧客側の感じ方というのをもっと研究すれば「営業」をより効果的かつ効率的に進めることが十分可能なのだ。
これまでのビジネスは全て販売側・企業側の論理が優先されてきた。それは商品開発、営業過程のいずれにおいても同じ論理が通低している。しかし、これからは「顧客」の論理をどこまで把握することが出来るのかが、競争優位に立つひとつの答えでもある。
2011年2月12日土曜日
2011年2月9日水曜日
常識を疑う|同じ行動を続けながら、違う結果を求めるのは狂気の沙汰である
昨晩、大学時代の先輩とその上司の3人で呑みに出かけた。この上司は、東証一部上場企業の支社長であり、仕事のできる人。かなり責任感も強く、頼まれると断れない誠意の人でもある。
彼は今、小学校のPTA会長を引き受けている。そこで「子供会」の加入率の低下に悩まされているらしい。3~4年前に会長職を引き受けた時点で5割近くあった加入率が2割に下がり危機感を持っているとのこと。彼自身、要因分析を行い、この地域は小学生を持つ家庭の7割が転勤族で、コミュニティへの帰属意識が低いことが要因だと仮定している。
確かに、転勤族の帰属意識が低いことは事実だろう。しかし、そもそも「子供会」の加入率の低さと、地域コミュニティへの帰属意識の低さは因果があるのだろうか。
ここで考えるべきは「子供会」の役割が変化してきたという事実であろう。確かに我々30~40歳代の世代が小学生を迎えた時代、子供会はあらゆる課外活動の中心的な組織だった。当時は学校=地域コミュニティが一体化していた記憶も強い。
しかし現代はどうだろうか。学校が終われば、塾があり、習い事があり、スポーツクラブがあり、それぞれの所在地は地域コミュニティ外に所在してもいる。昔は学校の友達が、学校以外の友達と同義だったが、今ではそれぞれの行動・場所ごとに友達が違っているのだ。つまり、我々も含め日常の活動範囲が地域コミュニティに収まらなくなってしまったのである。
こうした現状にあって、「子供会」に過去と同じ機能を求めても意味はない。求められる機能自体を、子供や家族の習慣や動静にあわせて変化させなければならないのだ。しかしここで、彼が「子供会」の機能自体を見直すことが出来るかが問われてくるのだが、この「責任感」が見直しの邪魔をするようになるのだ。
何故なら、「責任感」というのは、ある与えられた仕事について最後までやり遂げようとする思いであり、それ自体を疑ってかかるという根本的な解決にはつながらないからだ。
社会は常に変化している。その変化に合わせて、既存の概念を「疑う」という姿勢が無ければ、これからの社会で勝ち残っていくことはできないだろう。それはビジネスでも同じだ。
アインシュタインは「同じ行動を続けながら、違う結果を求めるのは狂気の沙汰である」という言葉を残している。もし「売上の低下」に悩んだり、「子供会加入率の低下」に悩んでいるのであれば、これまでとは違う行動をとる必要があるということなのだ。
彼は今、小学校のPTA会長を引き受けている。そこで「子供会」の加入率の低下に悩まされているらしい。3~4年前に会長職を引き受けた時点で5割近くあった加入率が2割に下がり危機感を持っているとのこと。彼自身、要因分析を行い、この地域は小学生を持つ家庭の7割が転勤族で、コミュニティへの帰属意識が低いことが要因だと仮定している。
確かに、転勤族の帰属意識が低いことは事実だろう。しかし、そもそも「子供会」の加入率の低さと、地域コミュニティへの帰属意識の低さは因果があるのだろうか。
ここで考えるべきは「子供会」の役割が変化してきたという事実であろう。確かに我々30~40歳代の世代が小学生を迎えた時代、子供会はあらゆる課外活動の中心的な組織だった。当時は学校=地域コミュニティが一体化していた記憶も強い。
しかし現代はどうだろうか。学校が終われば、塾があり、習い事があり、スポーツクラブがあり、それぞれの所在地は地域コミュニティ外に所在してもいる。昔は学校の友達が、学校以外の友達と同義だったが、今ではそれぞれの行動・場所ごとに友達が違っているのだ。つまり、我々も含め日常の活動範囲が地域コミュニティに収まらなくなってしまったのである。
こうした現状にあって、「子供会」に過去と同じ機能を求めても意味はない。求められる機能自体を、子供や家族の習慣や動静にあわせて変化させなければならないのだ。しかしここで、彼が「子供会」の機能自体を見直すことが出来るかが問われてくるのだが、この「責任感」が見直しの邪魔をするようになるのだ。
何故なら、「責任感」というのは、ある与えられた仕事について最後までやり遂げようとする思いであり、それ自体を疑ってかかるという根本的な解決にはつながらないからだ。
社会は常に変化している。その変化に合わせて、既存の概念を「疑う」という姿勢が無ければ、これからの社会で勝ち残っていくことはできないだろう。それはビジネスでも同じだ。
アインシュタインは「同じ行動を続けながら、違う結果を求めるのは狂気の沙汰である」という言葉を残している。もし「売上の低下」に悩んだり、「子供会加入率の低下」に悩んでいるのであれば、これまでとは違う行動をとる必要があるということなのだ。
ペットオーナーの旅行動向と鉄道利用に関する市場調査
JR九州とJR北海道は、ペットカードなるものを導入している。これはペットが「手荷物扱い」であることにたしするペットオーナーからの不満を、少しでも和らげる効果を狙った取り組みの一つだと考えられる。
その不満を示すかのように、ペットとともに鉄道で旅行に出かけた人はわずか5.9%に過ぎず、自家用車利用の92.2%と大きくかい離している。通常の旅行において、鉄道旅行が27.9%を占める事実から考えても、その利用率の低さは注目に値する。
もしこの状況を改善し、ペット同伴旅行の鉄道利用が通常旅行と同様の27.9%まで改善できれば、なんと約250億円の増収効果が想定できるのだ(151万人の利用者×平均17000円の交通費)。
特に都心部居住者の多くは、自家用車保有率も低く、ペットを連れた盆正月の帰省すらあきらめている実態も既に明らかだ。つまりこうした顧客の不満を解消することで、低迷状態にあるJR利用者数の増加と同時に、JRの顧客満足度も向上させることが可能なのだ。
特にコストがかかる取り組みでもない以上、JR北海道・JR九州での実績を踏まえて、まず導入を検討することが必要ではないだろうか。
その不満を示すかのように、ペットとともに鉄道で旅行に出かけた人はわずか5.9%に過ぎず、自家用車利用の92.2%と大きくかい離している。通常の旅行において、鉄道旅行が27.9%を占める事実から考えても、その利用率の低さは注目に値する。
もしこの状況を改善し、ペット同伴旅行の鉄道利用が通常旅行と同様の27.9%まで改善できれば、なんと約250億円の増収効果が想定できるのだ(151万人の利用者×平均17000円の交通費)。
特に都心部居住者の多くは、自家用車保有率も低く、ペットを連れた盆正月の帰省すらあきらめている実態も既に明らかだ。つまりこうした顧客の不満を解消することで、低迷状態にあるJR利用者数の増加と同時に、JRの顧客満足度も向上させることが可能なのだ。
特にコストがかかる取り組みでもない以上、JR北海道・JR九州での実績を踏まえて、まず導入を検討することが必要ではないだろうか。
2011年2月7日月曜日
市場調査企画立案における発想の柔軟性
以前、本ブログで、セメントに関する市場調査について取り上げた。
「一次情報を収集することの重要さ」と題しての投稿だ。
昨日、ある友人に10年ぶりに偶然再会。彼は家業のスクラップ業を続けていた。スクラップ業は、建築業には無くてはならない存在だ。何故なら、何の建築物もない更地はほとんど存在せず、そこに建てられている建築物を壊すことで、初めて建物が建築できるからだ。
セメントといえば建築。そこで、彼に新しいセメントの市場について意見を求めた。すると彼からは意外なコメントが。一次製品ではなく二次製品での展開を考えろというのだ。
新しい発想は常に合理的だ。彼は、セメントは単に一次製品だけではない、二次製品での供給も当然ありうると指摘した。何故そうしたコメントしたのか。その背景は規格問題だ。イノベーティブな商品は、国内規格に検査項目的に合致したとしても、配合原料的に合致しないケースが多々存在する。それは当然、既存製品・技術を核とした国内産業の保護側面があるからだ。
彼は、こうした問題点を見抜き、二次製品での展開を提案することによって、軽々と規格問題を解決してしまったのだ。つまり、完成品を提供するのではなく、あくまで素材としてその商品を捉えなおすことで、国内市場規模を再定義したのである。
これはある製品を、複数の異なる観点からみつめるための好事例だ。ピータードラッカーは、著書『想像する経営者』の中で、「企業が売っていると考えているものを、顧客が買っていることは稀である」という言葉を残している。
これは、ある商品・製品を企業側の固定的な視点で捉えても限界があるということを端的に示している言葉でもある。ある商品・製品を本気で売りたいと思った時には、恥をかくことを恐れずに、多くの人に意見を求めることで、より的確・適切な販売方法・使い方を知るきっかけになりうるのだ。
マーケティングの根幹は、「売る」ことではなく「顧客が何を求めているか」を知ることにある。調査企画自体も、自分の考え方だけにとらわれず、常に「違う」視点を取り入れていく必要を感じた。
「一次情報を収集することの重要さ」と題しての投稿だ。
昨日、ある友人に10年ぶりに偶然再会。彼は家業のスクラップ業を続けていた。スクラップ業は、建築業には無くてはならない存在だ。何故なら、何の建築物もない更地はほとんど存在せず、そこに建てられている建築物を壊すことで、初めて建物が建築できるからだ。
セメントといえば建築。そこで、彼に新しいセメントの市場について意見を求めた。すると彼からは意外なコメントが。一次製品ではなく二次製品での展開を考えろというのだ。
新しい発想は常に合理的だ。彼は、セメントは単に一次製品だけではない、二次製品での供給も当然ありうると指摘した。何故そうしたコメントしたのか。その背景は規格問題だ。イノベーティブな商品は、国内規格に検査項目的に合致したとしても、配合原料的に合致しないケースが多々存在する。それは当然、既存製品・技術を核とした国内産業の保護側面があるからだ。
彼は、こうした問題点を見抜き、二次製品での展開を提案することによって、軽々と規格問題を解決してしまったのだ。つまり、完成品を提供するのではなく、あくまで素材としてその商品を捉えなおすことで、国内市場規模を再定義したのである。
これはある製品を、複数の異なる観点からみつめるための好事例だ。ピータードラッカーは、著書『想像する経営者』の中で、「企業が売っていると考えているものを、顧客が買っていることは稀である」という言葉を残している。
これは、ある商品・製品を企業側の固定的な視点で捉えても限界があるということを端的に示している言葉でもある。ある商品・製品を本気で売りたいと思った時には、恥をかくことを恐れずに、多くの人に意見を求めることで、より的確・適切な販売方法・使い方を知るきっかけになりうるのだ。
マーケティングの根幹は、「売る」ことではなく「顧客が何を求めているか」を知ることにある。調査企画自体も、自分の考え方だけにとらわれず、常に「違う」視点を取り入れていく必要を感じた。
2011年2月6日日曜日
営業数値の管理|営業マネージャーの仕事とは
通常、営業管理においては「成果管理」と「行動管理」の2種類が存在する。
成果管理は、「売上を10%伸ばす」「新規顧客を10件獲得する」「既存顧客の離反率を5%下げる」など、結果数値を管理することである。
他方、行動管理とは、「見込客200件に電話をかける」「100件の新規顧客を訪問する」「一日8件既存顧客を訪問する」など、成果が出たかでなかったかを問わずに、その行動過程を数値化し管理する方法である。
成果管理では、成約件数や販売金額、もしくは粗利に応じ、結果に基づいた評価が重要であってプロセスは重要視されない。営業スタイルは、担当者それぞれのやり方に属人化され、知識の共有はあまり行われない。
他方、行動管理では営業成績を問われることは少なく、あくまで営業プロセスを管理される。この場合、営業マネージャーとの連携が頻繁に行われ、営業スタイルはマネージャーの方針によって固定化される。
どちらが良いか悪いかではなく、事業内容や市場環境(導入期・成長期・成熟期・衰退期)、競争環境によって最適な方法を選択するのが定石とされてきた。しかし、これらは「管理」側面を重視した方法論であり、変動的な現在の市場環境は不向きなのだ。
現在の市場環境には、営業マネージャーは営業担当者の「管理者」という立場から、顧客動向の「分析者」であるという立場への転換が求められている。
なぜなら「管理者」の場合、主従関係が明確化されているため、営業担当者は顧客志向にはなりにくく、管理者側の意見や評価を重視しがちとなる。しかし「分析者」の場合、役割分担が明確化されるため、営業担当者は顧客志向を持ちやすく、営業マネージャーや同僚と意思疎通を図りながら、部署全体のパフォーマンスをあげていくことができるのだ。
営業マネージャーは、自身の部署(チーム)に所属する営業担当者が担当する顧客全体の購買動向を月別・年別/商品別/顧客別/担当者別に分析することで、顧客ニーズの変化を的確にとらえ、各営業担当者の弱みを組織的にバックアップし、強みを部署全体で共有する体制を整えることで、部署全体のパフォーマンスを挙げていくという役割を担わなければならないのだ。
「現場の知恵を整理して、全体で共有する」。この能力こそが、現代の営業マネージャーに求められている必須能力なのである。
成果管理は、「売上を10%伸ばす」「新規顧客を10件獲得する」「既存顧客の離反率を5%下げる」など、結果数値を管理することである。
他方、行動管理とは、「見込客200件に電話をかける」「100件の新規顧客を訪問する」「一日8件既存顧客を訪問する」など、成果が出たかでなかったかを問わずに、その行動過程を数値化し管理する方法である。
成果管理では、成約件数や販売金額、もしくは粗利に応じ、結果に基づいた評価が重要であってプロセスは重要視されない。営業スタイルは、担当者それぞれのやり方に属人化され、知識の共有はあまり行われない。
他方、行動管理では営業成績を問われることは少なく、あくまで営業プロセスを管理される。この場合、営業マネージャーとの連携が頻繁に行われ、営業スタイルはマネージャーの方針によって固定化される。
どちらが良いか悪いかではなく、事業内容や市場環境(導入期・成長期・成熟期・衰退期)、競争環境によって最適な方法を選択するのが定石とされてきた。しかし、これらは「管理」側面を重視した方法論であり、変動的な現在の市場環境は不向きなのだ。
現在の市場環境には、営業マネージャーは営業担当者の「管理者」という立場から、顧客動向の「分析者」であるという立場への転換が求められている。
なぜなら「管理者」の場合、主従関係が明確化されているため、営業担当者は顧客志向にはなりにくく、管理者側の意見や評価を重視しがちとなる。しかし「分析者」の場合、役割分担が明確化されるため、営業担当者は顧客志向を持ちやすく、営業マネージャーや同僚と意思疎通を図りながら、部署全体のパフォーマンスをあげていくことができるのだ。
営業マネージャーは、自身の部署(チーム)に所属する営業担当者が担当する顧客全体の購買動向を月別・年別/商品別/顧客別/担当者別に分析することで、顧客ニーズの変化を的確にとらえ、各営業担当者の弱みを組織的にバックアップし、強みを部署全体で共有する体制を整えることで、部署全体のパフォーマンスを挙げていくという役割を担わなければならないのだ。
「現場の知恵を整理して、全体で共有する」。この能力こそが、現代の営業マネージャーに求められている必須能力なのである。
登録:
投稿 (Atom)